社長のつぶやき
京都出張 庭園拝観 仁和寺・龍安寺
毎年恒例の日本青年会議所による京都会議につくし青年会議所から16名で参加致しました。
明るいくにをつくるために、豊かな社会・まちをつくるために、ひとをつくるために
いま大人たちが行動を起こさないと、未来の子供たちは学びません。
そんな事を考えながら、自分自身が一番勉強となっていることを後で気付きます。
京都会議も終え、帰りの新幹線は夕方・・・
せっかくここまで来たのだから・・・
行ったことがないところに行こう!
きました、「仁和寺」
有名すぎて、行ったことがなかった仁和寺にようやく足を踏み入れることが出来ました。
仁和寺の歴史は886年第58代光孝天皇によって「西山御願寺」と称する一寺の建立を発願されたことに始まります。
御室桜(おむろざくら)が有名で、「春に来て 御室を出るや 宵月夜」という与謝蕪村に読まれています。
宸殿の北側にあることから北庭と呼ばれ、南庭とは対照的な池泉式の雅な庭園です。
斜面を利用した滝組に池泉を配し、築山に飛濤亭、その奥には中門や五重塔を望む事が出来ます。庭の制作年は不明ですが、元禄3年(1690年)には加来道意ら、明治〜大正期には七代目小川治兵衛によって整備され現在に至ります。
その後、メンバーからもうひとつ見たいと要望がありましたので、隣の龍安寺さんに移動。
何度も見た名所で、メンバーに説明ばかりしていたら写真を撮るのをすっかり忘れておりました。
代わりに鏡容池の写真を掲載します。
平安時代、龍安寺一円が徳大寺家の別荘だった頃、お公卿さんがこの池に竜頭の船を浮かべて歌舞音曲を楽しんでいたことが文献として残っているといいます。しかし、私としてはこれほどまでに綺麗に後ろの風景を鮮やかに映してくれる池に楽しみを覚え、風景を2度楽しめる池として感じ取ってしまいます。
龍安寺の写真はありませんが、石庭に関して4つの謎があると言われています。
①刻印の謎(作庭者の謎)
②作庭の謎(虎の子渡しの庭の作庭者の意図は不明で、拝観者の自由な解釈に委ねられる)
③遠近の謎(一見、水平に見える石庭も東南角に低く、水勾配とともに奥行が表現されている)
④土塀の謎(高さ1.8mの土塀。石庭を傑作とならしめる重要な構成要素)
まぁ私たちが意見交換しようが、熟議しようが歴史は変わりませんが、それぞれの考え方や受取り方があるのだと感じました。



















